2014年11月30日

H26年度 慰霊祭

日程 平成24年11月3日
場所 いわくら公園

昨年の慰霊祭は、雨でバーベキューが中止になりました。
それを思い出し皆さんに「てるてる坊主を作ってね」とお願いしていました。
その思いが伝わったのか11月3日見事に晴れました。
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加納さんの司会で黙祷からはじまりました。
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支部長あいさつ。
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2014年は心友会の男の子が亡くなりました。
何度も危ない時がありましたが、いつも復活し「奇跡」の男の子と言われていましたが、21歳で馬場先生がおられる天国へと旅立ちました。お母様がお手紙を読んでくださいました。
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今年は新垣先生と馬場先生の奥様、そして脇先生ご夫妻が参加してくださいました。
献花は遺族から順に大輪の菊の花を供え、テーブルいっぱいになりました。
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最後に全員で慰霊碑の前で記念写真を撮りました。
今年も参加者が多くにぎやかな写真になりました。
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(写真はクリックすると大きくなります)

そしていよいよバーベキューです。
たくさんの参加者が準備を手伝ってくれ、お父さんやお兄ちゃん達は大活躍です。
前日まで雨が降っていたので地面が少しぬかるんでいましたが、みんなで協力してブルーシートを敷き、コンロやテーブルを並べました。
みんなお腹が空いていたのか、お肉や野菜そして子どもが大好きなマシュマロを焼くと、飛びつくようにみんなおいしそうに食べていました。
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なによりも、爽やかな秋の空気が一番のごちそうでした。
一年に一回の再会も喜びながら、会話も弾みビンゴゲームでも、いいものをたくさんもらっていましたよ。
慰霊祭は、家族を亡くした方に安らぎと生きる力をあたえ、病気で戦っている方には勇気と感謝の気持ちをあたえます。
授かった命を大切にしていこうとする「心」を強くしてくれます。
来年もみなさんの参加をお待ちしております。


posted by mamoru-okayama at 10:36| 慰霊祭(秋)

2013年12月08日

H25 慰霊祭

日程 平成23年11月3日(月)
場所 いわくら公園

参加者 (120人)
遺族14家族40人
会員30家族79人
新垣 副院長 倉敷中央病院

慰霊祭当日、岡山市内は小雨でしたが現地に近づくにつれ、雨が強くなり受付もできず参加者の確認がままならない、そんな中での慰霊祭がはじまりました。
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そんな中、大きな花束を持って倉敷中央病院の新垣副院長が出席してくださいました。
加納さんの司会ではじまり、そして馬場先生の悲しい訃報を改めてお話されて、全員で病児と馬場先生に黙祷をしました。
天国の子ども達も「馬場先生、まだ来るのが早すぎるよ。もっともっと、お友達をみてほしかったのに。」と泣いていたと思います。
雨は、ますます強く降り、涙雨で悲しい空気で山の中は冷んやりしていました。
支部長の挨拶のあと、今年は感謝の手紙として、亡くなった病児に須増さんが読んでくれました。
『本日は、元気になり成長した子どもを育てさせて頂いている親から亡くなられた方々や遺族の方への感謝の思いを手紙にして読ませていただきたいと思います。
私は、3月25日を迎える度、命の重さとその命を育てさせて頂けていることに感謝します。
15年前、俊喜は生まれて7日目に手術を受けました。
その時、大変難しい手術であること、今までは助かる確率がとても低かったこと、佐野教授が2ヶ月前に新しい手術法を実施されて俊喜が3例目であることを説明していただきました。おかげさまで手術は成功し、次の手術まで倉敷中央病院のNICUで経過をみていただきました。
そんな中、初めて俊喜の爪を切ったときの嬉しさ、生きているからこそ爪が伸びるんだと、そんな当たり前のことで一喜一憂していたそんな時、1例目のお子様が急変され亡くなられグレン手術まで時間の猶予がない事を告げられ直ぐに2例目の大ちゃんと俊喜が手術に呼ばれ無事手術をしていただきました。
今では、二人とも元気に成長して高校生になりました。
俊喜が毎年15年間元気に誕生日を迎えて来れたのも何人もの小さい命の犠牲のもとにあることを忘れてはいけないと思っています。
会ったことはないけれど、あなたの名前は忘れたことはありません。
1例目のシホちゃん!あなたの死を無駄にしない様にこれから与えられた命を大切にしていきます。
また先日は、馬場先生が突然にお亡くなりになられるというとても悲しい知らせが届き残念な思いでいっぱいです。
今でも、あの優しい笑顔で毎朝回診に来ていただいたことを思い出します。
不安でいっぱいの中でどれだけ先生のお言葉に救われた事か。
成長した俊喜と一緒に優しい笑顔の先生に又、お会い出来ると思っていたのに残念でなりません。
これからは、生かされていることに感謝しながら生きていくことが亡くなられた方々へのご供養になると信じてご冥福をお祈りいたします。』
そして、息子の俊喜くんが読んでくれました。
『天国のみなさんへ
天国のみなさんのおかげで、今、僕たちはこうして元気でいられています。
みなさんがいなくなってから今も、病院の先生方は、日々、治療方法を考えてくれています。
そのおかげで助かる命が増えていっています。
先生ありがとうございます。僕たちは、あなた達から受けついだ命を大切にしていきたいと思います。
今、僕は水分制限などがありますが、元気に毎日高校に通っています。
これからも、まわりのみんなに支えてもらいながら元気に働ける大人になります。
天国のみなさん!僕たちを見守っていてください。』
山の中、雨の音と須増さん親子の声が響きわたりました。
そして、遺族、新垣先生、会員のみなさんと献花しました。
お天気だと写真撮影ですが、大雨でしたので中止にしました。
しかし、大きなテントを張って汁やおにぎりを並べて、みんなで食べました。
県外から参加された方から差し入れをいただき、バーベキューの肉はみなさんに配り持って帰っていただきました。
大雨の中、バーベキューができないことを知りながら、参加してくださった皆さん本当にありがとうございました。
posted by mamoru-okayama at 01:20| 慰霊祭(秋)

2013年01月27日

H24 慰霊祭

秋晴れの中、慰霊祭を行いました。

参加人数 40家族(遺族15家族、病児者25家族) 104名の方が参加されました。
       倉敷中央病院 新垣副院長
       岡山大学病院 岡田元看護師

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昨年、亡くなられた昭徳くんのお母様からお手紙をいただき慰霊祭で代読しました。
昭徳くんへの思い、いなくなっての悲しみ、家族の辛さが伝わるお手紙です。



昭徳へ

昨年のあの日、突然倒れて意識が戻らないまま翌日、天国へ旅立ち一年が過ぎました。
秋晴れのさわやかな秋祭りの日でした。
大好きだっただんじりのチャンチャンという鐘の音を聞くことなく逝ってしまいました。
時間が止まってしまったように、我が家はすっかり静かになってしまい、今でも信じられない・・・・そんな一年でした。
夕方になると「昭徳がいなくて寂しい・・・・」と涙ぐんでいたおばあちゃんも最近は少し慣れてきたのか、泣かなくなりました。
こうやって少しずつ、あなたのいない日常にみんな慣れていくのでしょうか。
三歳でファロー四徴症の根治手術を受け、その後元気になって発達の遅れも少しづつとりもどしていってくれるものと思っていた時に、他にも障害があるということを聞かされました。
それでも、少しづつゆっくり大きくなっていき、地域の小学校、養護学校(特別支援学校)を経て、卒業後は近くの作業所へ通っていました。
送迎バスに乗るのが楽しみで、いつも楽しそうに通所していましたね。
何をするのもどこに行くのも、いつも一緒でよく大好きなアイスクリームを食べにあちこち出かけて行きました。
あなたは、小さい時からホントにドライブが大好きな子どもでした。
先日、作業所の職員の方がお参りに来てくださり、
「本当はだれも特別扱いをしてはいけないんですけど、昭徳君は特別でした」
と話してくださいました。風邪をひきやすく、体も小さく、食の細いあなたに皆さんいろいろと気を使ってくださり、食欲のない時は職員の方のお弁当やおやつを分けてくださっていたそうですね。
「今でもロッカールームへ行くと昭徳君がいるようで、姿を探してしまうんですよ」
と言われていました。
小さい時からいつも「昭徳、頑張れ!」と声をかけていました。最後のお別れの時、
「もう頑張らなくていいからね。またいつか逢える時まで待っててね」
と言いました。聞こえましたか?きっと、天国から今度は「お母さん、頑張れ!」と見ているのでしょうね。
お葬式の後日、参列してくださった友人から手紙が届きました。
(昭徳君の笑顔の遺影から「お母さん僕幸せだったよ。ありがとう」という声が聞こえて来るようようでした・・・)
と書かれてありました。でも、あなたの短かった人生は、本当に幸せだったのだろうか・・・・・
もっともっとやりたいことや、行きたい所がたくさんあったのでは・・・・といつも考えてしまいます。
今、あなたがいないければ、決して出会うことのなかった多勢の方に励ましたいただきながら、あなたが紡いでくれた縁に感謝しています。
今まで、辛いことや苦しいことがたくさんあったかもしれないけれど、これからは、天国で元気な体になって、今までできなかったことを思う存分楽しんでほしい・・・・と願っています。
いつも、どこでも、あなたを感じています。これからも、ずっと一緒だよ。またいつか逢える時まで。
今までありがとう。


参加人数 104名
       新垣副院長・岡田元看護師
       40家族(中学生以上77名、小学生13名、幼児12名)(遺族15家族、病児者25家族)
posted by mamoru-okayama at 00:48| 慰霊祭(秋)